日々巡らす思索の結果をブログという形式に昇華した事によってインターネット上に常駐し始めた、日付順に並ぶ一連の文章群。人工衛星の様に電子の海に浮かぶそれは筆者の頭中世界を大いに反映する。
Posted by 雪花美鴎 - 2011.05.29,Sun
静寂極まった木々の中に冷たい蒸気が満ちる。獣の荒い息づかい、鳥の囀り、虫が立てる金属の歯軋りの様な音、それら全てが未知の意思疎通を行い共謀して、タイミングを計ったかの如く一斉に止む。雨が降る瞬間だ。木の葉が醸す甘い芳香は雨に洗われ、消えて無くなり、代わりに地面から霧の様に放たれる土の匂いが辺りを覆う。それは徐々に広がりながら、密度を増していく。柔らかな葉が積み重なる上空の層に依って弱められた水滴が可視的な速度で緩やかに、小さな落下傘の様に降下する。
一定の律動に沿った音が占拠した森林の中を闊歩する。足が湿った地面を圧縮し、数多の微生物、名の知れぬ有機体を潰す音は、同じく雨に流され、森の色彩と同化し、何処か意識、感覚の及ばぬ先へ消えていく。雨自体の音と合わさり、私が起こす活動は森の中では何も知覚出来ない。唯、生きているという実感のみがそこに存在する。意識だけが存在し、時折まばたきをする。
梅雨の季節が来たのである。五月の暑気が鎮静し、涼しさが宙に漂っている。望見する風景には灰色の膜が掛かり、夜明けの目覚めに感ずる様な暗鬱たる情緒が木立、花々、人間の営為に染みこんで、彩りの音量を下げ、減衰化させ、大気と調和させる。境界が薄れ、個々の形態が減数分裂し、一つの印象―非情熱的で暗く冷たい諦念となって逍遥し、身を取り巻く。あらゆる動植物の心情、哲学の根底に堆積した集合無意識を構成する諦めの思想。自由意志を自ら自然法則という神へ捧げ、選択権を放擲し、永続的な流れに乗り、朽果の海へと、川底の石に引っ掛かる事も、葦を掴む事もせず、只々身を任せる。
寂寥に満ちた静かな時である。また、時の流れは断片的で、何かが詰まった様にひどく遅い。ゆったりとした悲しげな季節。しかし、私はこの様な幽遠の世界を愛しく思う。電子文明とはかけ離れた、純粋の音、純粋の景色を感ずることが出来る。
私の心は厭世的に創られた様で、個々の人間が厚い透明な皮膜に包まれ、必然的に距離が開くこの孤独な時期に、無上の癒しを覚える。不可視の詩情が入り込んで来る様で、心地良さすら感じる。閑雅な、人の喧騒とは無縁のものだ。心にもない無理矢理な御世辞も、嗜虐的な侮辱もそこにはない。真夜中の、時が停止したかの様な平和が常時存在する。
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